ICUHSは30周年! 一覧

2010.05.14

ICUHS RETROSPECT <INDEX>

“ICUHS RETROSPECT”
30周年を迎えたICU高校の「過去」を振り返るアルバム・ブログ。
みなさん、お楽しみいただけたでしょうか?

レトロなアルバムはこれが最後の一頁です。この続きは明日、公開される
30周年記念スペシャルサイトの卒業生による「あの時私は」&「贈る言葉」で
お楽しみください。

懐かしいあの出来事、忘れられないあの授業、大切なあの瞬間・・・。

そして未来のICUHSへ。

それではまたアルバムを開く日まで。

数学科F    第1弾 <約束>
数学科M    第2弾 <その3年が我人生の重心>
数学科S    第3弾 <幸せな30年でした>
数学科S    第4弾 <不公平だ!>
数学科F    第5弾 <更なる発展を祈ります>

地歴公民科I  第6弾 <あなた一人のためにだけ!授業をした>
地歴公民科H  第7弾 <担任をしたクラスの皆さんへ、元気ですか?>
キリスト教科A 第8弾 <あえて直近の思い出を書きます> 
体育科H   第9弾 <中身と外見>
体育科W   第10弾 <最初で最後の修学旅行>

養護教諭O  第11弾 <北海道本別生活学校バイブルワークキャンプ>
外国語科H  第12弾 <修学旅行に纏わる思い出>
外国語科T  第13弾 <ICU高校の思ひ出3連発—写真付き>
外国語科S  第14弾 <学校祭の思い出>
外国語科R  第15弾 <MEMORY + HOPE = ?>

外国語科H  第16弾 <静かに輝く光 ~闇の中で~>
理科Ⅰ    第17弾 <伊豆七島>
理科S    第18弾 <1985年頃>
理科Y    第19弾 <沖縄修学旅行の下見>
司書教諭T  第20弾 <卒業生の皆さんお元気ですか。>

国語科I   第21弾 <座禅体験>
国語科K   第22弾 <30周年思い出とか・・・>
国語科N   第23弾 <男子サッカー部と私>
国語科A   第24弾 <フィリピンからのお便り>
数学科I   第25弾 <30年間を思い出している>

数学科M   第26弾 <歴史を刻みながら精進しています>
数学科A   第27弾 <原点>
地歴公民科N 第28弾 <倫理のプレゼン、今も続いています。>
地歴公民科K 第29弾 <懐かしの「S・M」>
体育科S   第30弾 <スキー教室・マリンキャンプの思い出>

体育科A   第31弾 <「100メートル走」のルール。>
体育科O   第32弾 <2人分の想い。>
外国語科H  第33弾 <2006年3月卒業式>
外国語科R  第34弾 <"成長しながら、青春をキープ!">
外国語科K  第35弾 <タイのジャングルから教育界のジャングルへ>

外国語科N  第36弾 <First Year L4 Global Issues Presentations>
外国語科N  第37弾 <女子サッカー部>
生物T    第38弾 <あの頃の写真紹介>
理科S    第39弾 <歴史的一勝>
国語科H   第40弾 <まだ30周年>

国語科N   第41弾 <未来はどこにありますか>
国語科M   第42弾 <充実感は結果の大小に関わらない>
外国語科・元帰国生徒教育センター長O
       第43弾 <Happy 30th Birthday to ICUHS!>
理科・教頭N  第44弾 <ICUHSの自然>
外国語科・元校長N第45弾 <ロードレース>

地歴公民科T  第46弾 <自由研究講座>
国語科N   第47弾 <すてきな明日を拓いていけますように!!>

 

M

2010.05.13

ICUHS RETROSPECT 第47弾

「全力をもって君のハートを守れ
 なぜならそこから日々の生活(Leben)が湧いていくからだ」
(旧約聖書、箴言の言葉より)

みんながよい学校生活をおくれますように!
そしてすてきな明日を拓いていけますように!!

 

国語科 N.T.

2010.05.06

ICUHS RETROSPECT 第46弾 <自由研究講座>

 大学生だった頃、政治思想史の先生が主催する聖書研究会・読書会に通い続けた。先生の著書『大切なものは目に見えない‐「星の王子さま」を読む‐』には、よくその会の魅力が示されている。それが忘れられず、ICU高校に来てから3年次の選択科目「自由研究講座」で現代史に関連した、生き方をも問うような本を生徒と読んだ。斎藤和明元ICU高校校長が訳したアーネスト・ゴードン『クワイ河収容所』(旧題『死の谷をすぎて』)は学生の時薦められて読み、ここでも読んだ。今、もっと読まれて良い名著と思う。

 

社会科 T.M.

2010.02.26

ICUHS RETROSPECT 第45弾 <ロードレース>

第一回のロードレースは1983年3月に開催されました。
それから(校長になる前の)2002年まで、ほとんどのレースに出場しました。
学級担任をしていた頃はクラスの男子生徒の半数より早かったのですが、この写真の頃は一時間近くかかるようになり、この後ろを走っている生徒には抜かれました。

 

外国語科・校長 N.H.

2010.02.25

ICUHS RETROSPECT 第44弾 <ICUHSの自然>

校内には武蔵野の自然が豊かに残っています。

樹木や草花はもちろん、狸、鳥類、ヘビやカエル、また昆虫・蜘蛛・ムカデなどの
小動物も見られます。

これが豊かな自然という本当の意味です。

自由研究として数年間のあいだ、蝶を中心に昆虫採集をしました。
あるときスミレ類を食草(餌)とする蝶の幼虫を卵から飼っていたとき、
このままでは校内のスミレでは足りなくなることに気がつきました。
自然界ではどうなっているのでしょうか。
そうです、たくさん生まれる幼虫は、食草が足りなかったり、他の動物の餌になったりして減っていくからバランスが保たれているのです。
もし全部の幼虫を蝶にしようとすると校内のスミレは食べ尽くされてしまうことになります。

自然から学ぶことはまだまだたくさんあります。

 

理科・教頭 N.J.

2010.02.24

ICUHS RETROSPECT 第43弾<Happy 30th Birthday to ICUHS!>

1984年頃、2nd year L1 Writingでresearch paperを必死に書きましたね。。。
その後、Snodgrass先生に引き継いで頂きました。
Animal Farm1984のメッセージ忘れないでくださいね。
Speech Artsでは、調理室でハンバーグを作ったこともありましたね。
12 Angry Menと模擬裁判、裁判員になったら思い出してくださいね。
Debating Skillsは人生のさまざまな場面で役立ちます。活用してください!

“ No man can reveal to you aught but that which already
lies half asleep in the dawning of your knowledge.”
The Prophet by Kahlil Gibran
So, This Is It. ICUHS, I’m counting on you now and forever.
過去30年間の内外の説明会や相談でお会いした多くの生徒と保護者の皆様、有難うございました! 今後ともICU高校をよろしくお願いします。
 

外国語科・帰国生徒教育センター長 O.M.

2010.02.23

ICUHS RETROSPECT 第42弾

コーチとして関わっていた、今は幻のICU高校剣道部。あの時はこの高校の教員になるなんて思ってなかった。

充実感は結果の大小に関わらないと思った。

 

国語科 M.T.

2010.02.22

ICUHS RETROSPECT 第41弾<未来はどこにありますか>

ある朝HRに行くと、机が全て窓側に向けて並べてあり、黒板に
”Your future is not on a blackboard.”
と書いてありました。

・・・・・・なるほど。
思わず深くうなずいてしまいました。

まあ、よく考えたら私の未来は黒板にあったんですけどね。

卒業生の皆さん、そしてこれから巣立っていく皆さん。
皆さんはどんな未来に向かって歩いているのでしょうか。

未来がどこにあるにせよ、そこに至る道のりが発見と喜びに満ちたものであることを祈っています。

 

国語科 N.H.

2010.02.20

ICUHS RETROSPECT 第40弾

 ICU高校30周年おめでとうございます。

 私の方が年齢が1、2コ上なので、高校が人であるなら敬語を使って欲しいところですが、就職当初から気になっているのは、生徒がちょいちょい口にする「伝統」なるコトバです。

 「伝統」も何も、設立から30年しか経ってないんだから聞いて呆れますが、やれ***は伝統行事だからやらせて欲しいだの有史以来***することになっているだの、思考が停止しているのか? と言いたくなります。

 そんなことを言うなら、日本人は伝統的にハンバーガーを食っていることになるし、キティちゃんも伝統的なキャラクターなんですか?まあ創立何周年であろうが「伝統」なんて頻繁に口にするようなヤツは碌でなし、と伝統的に決まっています。

 何が言いたいかというと、「もう30周年」なのではなく「まだ30周年」。
 何でも変えていく余地があるし、それだけのエネルギーだってあるハズ。
「思い出」とか浸ってないで、前を向いていきましょう。

 

国語科 H.T.

2010.02.19

ICUHS RETROSPECT 第39弾 <歴史的一勝>

創部30年、一度も勝ったことのない高校野球夏の大会で、創立30周年を記念するかのように見事初勝利を飾った。このICUHSの歴史の1ページに関われたことは、私にとって、とてもラッキーだった。

顧問就任一年目の出来事だったので、勝った瞬間は、普通に「勝った」と思っただけなのだが、試合終了後、応援に来てくださった多くの方々が、涙を流し抱き合って喜んでくださった姿を見て、とても感慨深いものを覚えた。中には、30年近くずっと応援してくれた人もいて、本当に長い道のりだった事を痛切に感じた。

そして、今は後輩達が「2つ勝つ」を新たな目標に、日々練習に励んでいる。

 

理科 S.M.

2010.02.18

ICUHS RETROSPECT 第38弾 <あの頃の写真紹介>

①衝撃的だった10期生のチアー。衣装も手伝い。


②シンポジウムで1年生が海外生活の紹介を。


③今や旧体育館。


④キャンパスツアー中の姿に、当時のスカート丈が!


⑤フレッシュマンリトリートで餅つき大会をしたこともありました。


⑥沖縄修学旅行で「海に入って良いのはヒザ迄」という時代もあったのですよ。


⑦生物の授業でウシの眼球を解剖しました。
狂牛病事件以降、ウシ眼球が入手できず今はブタ眼球です。


⑧生物実習で三宅島を訪れたこともありました。


⑨学校祭装飾部の力作。


⑩神津島でみつけたウミガメ。
産卵に上陸した姿をマリンキャンプ中に目撃したのでした。

ふり返れば懐かしい・・・・ですね。
 

生物 T.M.

2010.02.17

ICUHS RETROSPECT 第37弾 <女子サッカー部>

私の先輩たちが同好会でスタートした女子サッカー部が今も部員がたくさんいて楽しくサッカーをしているので、とても嬉しいです。

 

外国語科 N.H.

2010.02.16

ICUHS RETROSPECT 第36弾 <First Year L4 Global Issues Presentations>

I enjoy seeing students research, practice and give their presentations on important global issues.
It's so satisfying for me to see them grow in confidence to use English.

 

外国語科 N.S.

2010.02.15

ICUHS RETROSPECT 第35弾 <タイのジャングルから教育界のジャングルへ>

「ようこそ、教育界のジャングルへ」
そう迎えて頂いたのは、4年前。当時はその意味を知る由もなかった。
待っていたのは、私の「強靭な」精神力を持ってしても、太刀打ちできないような厳しい現実。まさにハンチントンの「文明の衝突」、ガルトゥングの「構造的暴力」―これらの言葉を思い出す。

1年目、右も左も分からないまま、女子サッカー部の主顧問に。礼儀正しく爽やかなPASSIONSに元気をもらった。
2年目、コーラス部の主顧問に。けじめのある部活に大きく成長したことは嬉しい限りだ。夏休みには、オーストラリアのホームステイプログラムの引率もした。
3年目、念願の担任に。皆お互いに支え合っていることを実感。
そして今年は、修学旅行担当に。私自身、沖縄について勉強する良い機会を頂き、とても光栄に思う。

周りは私を「世界各国を巡り、国際的とは何かを追求している人」と言う。だが、私は「国際的」の意味を追求しているわけではない。ただ、考えさせられる環境、機会があるだけだ。
「国際的」という言葉は、美しいものだけではない。汗と涙と闘いがある。心底そう思う。

私自身、少しずつでも前進していると信じ、ICU高校が、才能溢れる素晴らしい生徒達と共にある、さらに良い学校になることを、心から願っている。

※ 写真はタイで撮影したものです。

 

外国語科 K.Y.

2010.02.13

ICUHS RETROSPECT 第34弾

When I think of my own high school days more than anything I think of music. When I was 15 I got my first part time summer job at Mac’s Milk, a local, early version of a convenience store. That summer I worked seven days a week for the amazing rate of $2.50 an hour (roughly 230 yen). The pay per hour wasn’t much but by the end of the summer I was able to buy a guitar amp and soon I was in a band called The Vogues. Life was good.


Fast forward to 2004. In my first year of teaching at ICUHS, I co-moderated the orchestra. I was so inspired by the energy of the students that one day I suggested to the orchestra members and to the conductor, Mr. Matsumoto. “Hey for the encore at the school festival, why don’t I play the ukulele and sing with the orchestra?”

Ukulele? Sing? With the orchestra? I’m sure the idea sounded strange but fortunately the orchestra members were too nice to say no.

Then one night during the summer gasshuku, it was finally time to give the song a try.
Taking my position in front of the orchestra, I strummed the ukulele and began to sing the first verse of the Beatles’ song “Something”. As I began the second verse,
the violins began to gently pour in and soon the entire orchestra was with me. I kept singing but inside I was thinking “Oh - my - gosh. This sounds sooooo amazing!”

One month later, when we performed at the school festival, the encore song went pretty well. I don’t know how many people ever get the opportunity to sing with a real orchestra but I highly recommend it. It feels great!

And by singing with the orchestra I could feel that despite the many miles and years
between my own high school days and ICUHS, there was a continuity between the things that I loved as a high school student in Toronto and the things I love today as a teacher at ICUHS.

whether it's dance, sports or music hold on to

the things you love today

"成長しながら、青春をキープ!"

 

外国語科 R.D.

2010.02.09

ICUHS RETROSPECT 第33弾 <2006年3月卒業式>

初担任をした学年の卒業式。
自分の席から生徒一人一人の顔が見える姿勢を確認し、一年次に受け持った生徒、授業で受け持った生徒、部活動で関わった生徒、廊下で良く見かけていた生徒・・・。彼らが卒業証書を受け取る時の表情を確認しつつ心の中でエールを送っていたことを今でも良く覚えています。
3年5組の卒業証書をID番号3501から3545の生徒まで、毎朝出席をとってきた通りに心の中で名前を呼びながら校長に手渡したことを覚えています。

あれから何度も授業などでN-305、N-205、N-105の教室に行っています。今では在校生の空間となっていますが、ふと彼らの「空気」を感じることがあります。

今年卒業する生徒は校舎にどのような「空気」を残してくれるのでしょう。

 

外国語科 H.C.

2010.02.08

ICUHS RETROSPECT 第32弾 <2人分の想い。>

私がICUHSを語るのになくてはならない人がいます。19期生で、数年間、体育科で教員をしていた”Mum”先生です。
とにかく彼女はスゴかった。コワかった。
でも、誰よりも繊細でおちゃめでした。
そんな彼女だから母校に対する想いも半端なかった・・・・。

彼女と出会わなければ、今の私はなかったでしょう。
2人分の想いを胸にこれからもがんばっていこうと思います。

P.S.Mumは今、オーストラリアで2児のママをしています。

 

体育科 O.Y.

2010.02.06

ICUHS RETROSPECT 第31弾 <「100メートル走」のルール。>

私が初担当した仕事は「体育祭」だった。
過去のルールブックを紐解くと「100m走:手をつなぐ、後ろ向き走、自転車の使用等は失格」と書いてある。どんな体育祭なんだ・・・。

ところが、いざ始まってみると縦割り応援合戦に始まり、組単位で大縄を跳ぶ少年ジャンプ、3方向から引き合うタイヤ取り、男子全員による走り綱引き、全員バトンをつなぐ学年全員リレーなど、なかなか壮観だ。
他クラスの団長が背負うカゴに女子全員で玉を投げつける(入れる)追いかけ玉入れで、「こんなに女子に追いかけられたの初めて♥」とにやにやしていた団長の笑顔は今も忘れない。
時の流れと共に体育祭も変化しているが、Tシャツにペンで寄せ書きする習慣は今も残っている。

 

体育科 A.H.

2010.02.05

ICUHS RETROSPECT 第30弾 <スキー教室・マリンキャンプの思い出>

私が学生だった頃、都内私立高校で非常勤講師をしていました。
そこでは、年間二回のスキー教室、二週間にわたる海浜学校がありました。そこに私も参加し、実技指導する傍ら先輩から、体育指導に関する様々なご指導をいただきました。とても充実し、楽しかった思い出です。

本校に就職したいと強く感じたのも、それらの行事があったからです。日頃の授業では味わえない、ダイナミックでレスポンスの早い展開が、本当に楽しいものです。


就職し、かれこれ二十年がたちましたが、その思いは新鮮なままです。そして過去の写真を見ても、その時その時のシーンが浮かんできます。
なんとかこれからも、この行事を続けていきたいと思います。

 

体育科 S.K.

2010.02.04

ICUHS RETROSPECT 第29弾 <懐かしの「S・M」>

ICU高校に就職し、4月に辞令を受け取った時、僕の名前はすでに「トラップ大佐」になっていた。「S・M」。そう、サウンド・オブ・ミュージックのミュージカルで、なぜか主役になることが決まっていたのだ!

公演は6月のC-W。授業の準備もしないでセリフを覚えたこと。英語の発音が悪くて、団員から猛特訓を受けたこと。軍服を買いに横田基地まで行ったこと。買った軍服がナチスの敵国アメリカ軍の制服で、小道具さんが密かに星条旗を剥がしてくれたこと。体重が4キロ減ったこと。本番中にチャックが全開だったこと。そして、公演が大成功に終わったこと・・・全てが懐かしい思い出。

今年、演劇同好会が結成した。もちろん、初顧問になっていた。

 

地歴・公民科 K.J.

2010.02.03

ICUHS RETROSPECT 第28弾 <倫理のプレゼン、今も続いています。>

1995年の着任以来、「倫理」のクラスで皆さんのグループ・プレゼンテーションとディベートを毎年見せてもらっています。その数は500を超えました。
数年前からは、第2ラウンドで、プレゼンチーム単位でディベートを行うように変えてみました。2年生の冬学期にとても熱心に取り組んでくれています。ディベートには、「理解」「構成」「分析」「伝達」の要素が組み込まれています。

卒業生の皆さんのそれぞれの歩みにどのように役立っているか、いないのか、時折気になります。

 

地歴・公民科 N.Y.

2010.02.02

ICUHS RETROSPECT 第27弾 <原点>

「ブブングン!カカンカン!」で大笑いしたあの授業。
生涯の友を得たあの教室。
自らの人生の原点とも言えるICU高校。

戻ってきてみると、ICU高校は30歳を迎えるところでした。
不思議なことに、高校とほぼ同じくして自分も年を重ねています。

主役である生徒が変わり、キャンパスが変わり、時代が変わり・・・
変化するものと不変(普遍)なもの・・・

両方をよくよく見極めて、30周年を越えていきたいと思います。

P.S. 部分群、可換環は数学の用語です

 

数学科 A.M.M.

2010.02.01

ICUHS RETROSPECT 第26弾

もう30年。

でも、まだ30年。

そして、これからの30年。

日々、歴史を刻みながら精進しています。

 

数学科 M.B.

2010.01.27

ICUHS RETROSPECT 第25弾

  30年前   まだ学生
  28年前   はじめてここに来た
  27年前   結婚した
  25年前   ・・・・した
   ・
   ・
   ・
  10年前   ・・・・できなかった
  5年前    ・・・・しなかった
  今年     30年間を思い出している

 

数学科 I.K.

2010.01.26

ICUHS RETROSPECT 第24弾<フィリピンからのお便り>

ICU高校では、学校礼拝の献金の一部や、イベントの中で集めた寄付金などを、NPO法人チャイルド・ファンド・ジャパンへ継続してお送りしています。
カードを書いたり、クッキセールをしたり、献金の呼びかけをしたり・・・。生徒がそれぞれのはたらきを集めることによってこの活動は18年間続けられてきました。
チャイルド・ファンド・ジャパンはそのお金を、フィリピンやネパールの子どもたちの就学支援や、母子健康保健事業等にお役立てくださっています。

支援している子どもたちからも、3年間ほどでも、こんなにたくさんのお手紙をいただきました。クリスマスには手作りのカードを交換します。ことばを交わすことができるのは、何よりもうれしいことです。

 

国語科 A.A.

2010.01.25

ICUHS RETROSPECT 第23弾<男子サッカー部と私>

 就職すると、希望した覚えもないのにサッカー部顧問。顧問って何? クラブ活動と縁のない生徒だった私にはわからない。ましてやここはICU高校。先輩教員たちもニヤニヤするだけで何も教えてくれない。
 何もかもがうやむやのうちに夏休み。え、合宿? 引率はなぜか私ひとり。夜な夜なOBたちが入れ替わり立ち替わり宿に現れて、たいそう盛り上がっている。これは何? これが仕事? 何かの罰ゲーム? 罰だとしたら、何の?
 呆然としているうちに数年が過ぎた。生徒の目には、怠慢だったり不親切だったり不誠実だったりする顧問に見えただろう。謝れと言われたら謝る。でもひとことだけ言わせてくれ。とにかく何が何だかよくわからなかったんだよ。

(注記 これは二十数年前のお話で、現在のICU高校にはあてはまりません。どんな学校でも、できて三十年にもなると、みんなの努力の甲斐あって、それなりに学校らしくなるものですね。めでたし。) 

 

国語科 N.K.

2010.01.23

ICUHS RETROSPECT 第22弾<30周年思い出とか・・・>

(その1)
就職した翌年だったと思います。有志で、教員劇を生徒たちに披露するということになりました。誰が決めたのか、演目は武田泰淳の『ひかりごけ』。カニバリスムが題材の重いテーマの作品ですが、僕は第一場後半で、現校長N先生扮する「船長」に食われてしまう役。それでも、けっこうセリフが多かった。

面白かったのは第二場終幕のクライマックス。裁判にかけられた船長が、人肉食をした者の背後には青白い蛍光色の光が浮かび上がるという話をし、裁判官、検事、弁護人にこう訴えかける。「どうです、みなさん見えるでしょう。人肉食をしてない皆さんには確かに見えるはずです。」

原作では、観客には見えるその青白い光が船長だけでなく、裁判官、検事、弁護人の背後にも光るという結末でした。その原作のままに、船長、裁判官などの背後に光が浮かび上がる仕掛けを僕らは用意していたのですが、なんと本番ではそれが光らないというハプニング。観客にも青白い光が見えないという、洒落たエンディングになったのです。深いね。

(その2)
結婚して、高校近くのアパートで新婚生活を始めた頃の話。学校から五分もかからない距離だったので、生徒とバイブルを読む会を自宅でもちました。少人数で始まった会でしたが、聖書を出発点にみんなが日々の思いを語り合う場となり、聖書に興味ないと公言する子も参加して、多い時は狭い家がいっぱいになったことも。

そのうちに生徒たちは僕よりも僕の奥さんに心を開いたりして、いろいろと話し込んだりしていました。どっちが先生だ。教師は俺だぞー、俺はここにいるぞーって感じ。で、僕は少しめげぎみ。でも、あれはあれで素敵な新婚生活だったと懐かしく思い出します。

 

国語科 K.Y.

2010.01.22

ICUHS RETROSPECT 第21弾<座禅体験>

一期生の修学旅行の時に、主担任の青柳先生が出張され、私が4組の担任を代行することになりました。団体行動の基本である、集合時間を大幅に遅れたグループにけじめをつけさせることになったのです。旅先が社寺の多い奈良・京都でしたので、自分がかつて臨済のお寺で修行してきた体験を生かして、生徒に夜2時間の座禅をさせることにしました。
座り方、数息間を教え、警策らしき棒を用意して座禅開始です。15分もたつと、たちまち体が傾く生徒が何人も出て、結果一人以外は全員私に打たれたと思います。後で、その一人を贔屓しているとか言われましたが、その人は本当に微動だにしなかったのです。

 

国語科 I.H.

2010.01.21

ICUHS RETROSPECT 第20弾<卒業生の皆さんお元気ですか。>

 写真を見ていると、全てが昨日のことのように思い出されます。
 毎年雪が降ると「あめゆじゅとてきてけんじゃ」と私は三回呟いてしまいます。
「永訣の朝」の一節は、二期生の現国クラスの合い言葉のようになりましたね。
学年最後には、小岩井牧場への旅行計画まで立てましたね。
皆さん、お仕事が一段落する時期がきたら、あの時、実行できなかった小岩井牧場への旅行、今度こそ行きたいですね。 
 その後も、現国クラスは小人数クラスだったので、学期末には「打ち上げ」と称して井の頭公園に行ったり、お好み焼きを食べに行ったり、よく集まっておしゃべりしましたね。
古文の授業「筒井筒」の教材では、皆さんの「初恋物語」をよく聞かせてもらい楽しかったです。

 四期生を担任した時は、春学期から準備をした如月小春の劇を学校祭で発表しましたね。生徒たちの迫真の演技に、私は胸が詰まってしまい、幕が下りたとき感激の余り声も出ませんでした。

 修学旅行では、すっかり古都の秋に魅了されたクラスの人二人は、京都大学へ進学してしまいました。

 八期生のクラスは活発でした。席替えが大好きで、その度毎にクラス中が大騒動でした。AFSの留学生ヤコブ君も加わり、更に賑やかなクラスとなりました。九州一周修学旅行では、バスの中でほとんどの人がうつらうつらとして、私だけが集中してガイドさんの話を聞いていましたね。

 私は、その後、図書館の仕事を主にしています。
新しい図書館が1978年に建築され、完成時にはボーリス社の設計士から直接お話を聞く会を企画しました。建築に興味のある人が集まり、図書館の設計のみならず、建築論一般にまで及ぶ話となり充実した会でした。その中から二人が、第一志望の建築学科に進学したと聞いています。
 新築された図書館では、七時三〇分頃から数十人が自習したり読書をしたりしています。

 久々ぶりに三〇余年の歴史の詰まった写真の山を見ていると、皆さんのお声やちょっとした仕草が鮮明に思い出されてきます。
 校舎を取り巻く木々は今も元気に生長し続け、私たちを見守ってくれています。三年五組の教室の前の大木は、以前にも増して元気で、天に向かって枝を張り中庭の空を覆っています。いつも木に登って担任の私をハラハラさせた木登り名人・高橋君、一度大木を見に帰って来ませんか。
 
 ICUHSには、卒業生の思い出がいっぱい詰まっています。ちょっと立ち止まりたい時、疲れた時には母校に帰ってきてください。

 

司書教諭 T.T.

2010.01.20

ICUHS RETROSPECT 第19弾<沖縄修学旅行の下見>

前年に高知学芸高校が中国で列車事故に遭い、9期だけが唯一実行できた中国(北京、上海)から10期は急遽沖縄に変更された。11期からも(それ以降ずっとそのまま現在も)沖縄となったが、当時は沖縄本島から石垣、西表などの離島へも行っていた。
本島と石垣との間の飛行機が百人程度のキャパで、三便に分割して往復移動しなければならなかったことを逆手に取って、コース別行程を実施することにした。
波照間観光や石垣於茂登岳トレッキング、琉球舞踊、空手、料理、本島のマリン、北部自然体験、ちゅら海水族館などである。

残念ながら現在は離島へは行かなくなったが、コース毎に分かれて色々な体験をするコースが現在も行われている。その11期の下見のために沖縄に行った写真が手元にあったので、それをペタリ・・・と。

 

理科 Y.J.

2010.01.19

ICUHS RETROSPECT 第18弾<1985年頃>

写真は、1985年頃校舎にぶつかり、飛べなくなっているところを保護された野鳥である。ツミという国内最小の猛禽で、河川敷などで時々見られる。骨折していることも考え、獣医に診てもらったが、無事回復した。

当時、この様な事件が頻発し、どういう訳かオオコノハズクなど珍鳥が多く、この時は、即死だった。この鳥は本当に珍しい鳥で、野鳥好きでも見たことのある人は少ないと思う。土に返すのは勿体ないと、10万円を掛けて剥製にした。今も生物実験室の片隅に置かれている。

ところが、最近この様な事故を殆ど見なくなった。このころ校内で不思議と毎年決まった日にカッコウの初鳴きを聞いたが、今、カッコウの鳴き声すら聞かなくなった。

 

理科 S.S.

2010.01.18

ICUHS RETROSPECT 第17弾<伊豆七島>

その昔、夏休みの野外実習で大島をはじめ、新島、式根島、三宅島などの島々を訪れていました。
それぞれの島には個々の特徴があり実習内容も異なるものでしたが、
共通なことはどの島へ行くのも品川の日の出桟橋から船で出航するということでした。

夜の出発はどんな場合もそうですが心躍るものがあり、デッキへ出て涼しい夜風を受けながら遠ざかる都心と明かりを眺め、なかなか寝る体勢には入れません。

火山活動で島への立ち入りが制限されたというニュースを聞くにつけ、みんなでさまよった森や、泊まった宿のことが気になります。

 

理科 Ⅰ.Y.

2010.01.16

ICUHS RETROSPECT 第16弾 <静かに輝く光 ~闇の中で~>

縁あって(?)こちらで教鞭を執ることとなってまださほどの月日ではありませんが、それでもこの間いろいろな変化がありました。
それは身体の新陳代謝のようなもので、刻々とは見えないけれども、教員も制度も施設も、思えば随分と変わってきているのです。

そんな中で、一つ変わらないものがありました。

待降節の頃、ちょうど教員室からすぐの階段の脇に立つ木に、いかにも「電飾」という趣の飾りが取り付けられます。
学期末、テストや成績の業務で連夜遅くなり、疲れて荒んだ心で真っ暗な学校を出ると、冷たい静寂の中で一人静かにツリーが光っていて、どきっとするのです。

その何とも場にそぐわない存在感が、何かをわかってくれているようで。

 

外国語科 H.M.

2010.01.15

ICUHS RETROSPECT 第15弾 <MEMORY + HOPE = ?>

A school's most precious assets are its students. I remember the first time I realized how unique and important ICUHS's "mix" of returnees and ippansei is. A "bright new dawn" that will never fade!

 

外国語科 R.E.R.

2010.01.14

ICUHS RETROSPECT 第14弾 <学校祭の思い出>

赴任して間もない頃、初めて担任した学年では学校祭で劇を上演しました。

演技者の特徴を生かし(?)、昔話なのに、わざとたどたどしい日本語や
素晴らしく流暢な英語を話す人物が登場する脚本を生徒が作っていたのは、
いかにもICU高校らしいところでした。

その頃は私も放課後の練習の場に随分一緒に居て、準備から本番までの時間を
共有し楽しませてもらいました。

学校祭当日に急に出られなくなった生徒の代役をするように言われ、
「そんなことを教師に頼むのもうちの生徒らしい」と思ったものでしたが、
一緒に舞台に立つことなど考えられなくなった今では、とても懐かしい思い出です。

 

外国語科 S.K.

2009.12.21

ICUHS RETROSPECT 第13弾 <ICU高校の思ひ出3連発—写真付き>

#1 私がICU高校で初めてビデオ撮影した男で悪いか!!

私が入って3年目、3年の担任をしていた。
当時はオーソドックスにも、京都・奈良に行ったのだが、その為に当時は数十万円もするBeta-1を買った。当時一番若く安月給の私にとってまさに「清水の舞台から飛び降りる」思いだった。
ご覧の通りの本格的な肩乗せカメラと、背中にノートパソコンを3台重ねた大きさの5キロもする録画装置のセットだ。それで奈良のシカと遊ぶ生徒たち、それこそ清水寺や、東映太秦映画村での生徒たち、食事風景の生徒たちを撮りまくった。

あ、早くそのベータテープをDVDに保存しないと・・・どこ行ったかなぁ・・・



#2 私がICU高校で「Best Teacher Award」をもらって悪いか!!

これは、いかに真実が歪められて伝わるかの生きた例だ。
97年初頭、ICU大学卒業生の活躍を大学の広報で紹介する頁に、高校にいる私に記事を依頼された。内容は、英語しか能のない自分がICU高校で素晴らしい生徒に教えられる幸福を与えられた、と言ったもの。
で、写真がどうしても欲しいと言うので、生徒にもらっていた写真を何の気もなしに提出した。すると次の年賀状で「Best Teacher Award」おめでとう!とか、ワイフが、「ご主人『Best Teacher Award』受賞されたんですね。おめでとう!」と友達に言われたりした。
はっとした。その写真には5人の生徒に囲まれ、照れながら小さなトロフィーを持っている私がいる。黒板には、「Congratulations! Best Teacher Award for Victor!」と書いてあった!でも、それは3年選択授業のCollege Prep.と言う、実にローカルな中の、しかもよいしょ的なジョークだったのだ・・・
友達にこれを説明するのが面倒になったワイフは、「はいはい、主人は確かに『Best Teacher Award』をちょうだい致しました。ありがとうございます。」と言うようになった。

嘘が「真実」になった瞬間である。生徒会主催の教員人気ランキングの方がまだ信憑性がある。



#3 私がロードレースで3位で悪いか!!

私は昔からロードレースに出ている。
以前は練習せず太っていたので、ブービー賞的走りで全体の終了を遅らせた事や倒れる事を心配する同僚から出場するな、と言う助言を受けた事もあるが、思い出に残っているのは、まだ第2女子寮の寮監をしていて、たまたまゴール間際にいた6歳の理恵を捕まえ、肩車してゴールインした事とか、ある年、当時の校長の桑ヶ谷先生が姑息にも、ゴール前に忍者の様に気配を消して私を追い抜こそうとした時、若さを生かし、ムキになってラスト・スパートをかけ、打ち負かした事だ。
今ではマラソン出場が趣味になり、去年の8月の足の故障以来初めての11月29日に丹沢ハーフで2時間29分31秒で完走した。これからクレバーにトレーニングして来年のロードレースでは自己最高記録の55分切りに挑戦するつもりだ。

因に3位は出走教員4名の中の3位のこと。ゆっくり走るのは知る人ぞ知るU先生だ。

 

外国語科 T.K.(3期生)

2009.12.19

ICUHS RETROSPECT 第12弾 <修学旅行に纏わる思い出>

幸いなことに全般的に楽しい愉快な旅をしている。
生徒も引率教員も楽しめる旅ができればそれに勝るものはない。

初期の京都・奈良への旅では、予想外のできごとが発生して対応に苦慮したこともあったが、互いに楽しい旅を作り上げようと協力しあい、何年間か古都めぐりの旅行が続いた。

その後、広島・長崎への旅になり、途中の宿で、「中国への」修学旅行を実現しようと話が盛り上がり、とうとう下見と称して、北京・西安・上海に出かけ、翌年生徒と共に実際にこの都市を訪問でき、大喜びしていたら、上海で列車事故が起き、その後の旅は沖縄になった。

戦争の爪あとや今日にもおよぶ駐留米軍の現状を知れば知るほど不安が増し、心が晴れない。

 

外国語科 H.E.

2009.12.18

ICUHS RETROSPECT 第11弾 <北海道本別生活学校バイブルワークキャンプ>

就職した年の夏に1年生の17期生と一緒に参加して以来、毎年参加しているバイブルキャンプ。一緒に行った人は延べ人数で何人?毎年違った想い出があります。

最初の17期生!女子ばかり約40名で行きましたね。珍道中の一週間だったように記憶しています。この年は今も使っている生活寮ができた年。いろいろ面倒をみて下さっていたお兄さんに恋しちゃった人は誰でしたっけ?

あれから16年。一年だけ実施できなかった年を抜かして、毎年虫との戦いの一週間を繰り返しています。
生活学校、育雄先生、敏子先生、みんなで作ったおいしい食事、農作業、真っ赤に燃えるキャンプファイヤー、満天の星空、夜通し話し合ったこと、みんなの笑顔、そして可愛かったサンデー。

参加したみんな覚えていますか?

 

養護教諭 O.H.

2009.12.17

ICUHS RETROSPECT 第10弾 <最初で最後の修学旅行>

もう20年以上前になってしまいました。
9期生の修学旅行は、中華人民共和国への4泊5日の初めての海外旅行でした。

構想から約2年、まだ今のような市場原理主義が見られない、改革開放政策が叫ばれ始めた時期の中国は、まだまだのんびりとした国民性と美しい自然の溢れる大地でした。

北京の飛行場から町までの道では、馬やラクダに引っぱられた荷車に驚き、パトカーの先導でバス移動をしました。


北京師範大学附属高校での交流会ではダンス部がダンスを発表したり、万里の長城では競争して息切れました。


上海では街中で女子生徒が物珍しいのか、服を引っ張られたり、動物園のパンダがあまりにも汚かったのにはびっくりしました。

 

体育科 W.M.

2009.12.16

ICUHS RETROSPECT 第9弾 <中身と外見>

自分がICU高校に来たときは、教員集団の中で一番下だった。
よく生徒と間違えられ、それは外から来るお客さんだけではなく毎日顔を合わせている生徒や教員からもだった。大人として、教員として貫禄のない自分に自己嫌悪を覚えた。

一番ショックだったのは、合宿に行った時のことだった。
宿舎に着いて、宿の方と部屋割や食事時間の打ち合わせを散々した後に、

「で、引率の先生はどちらに?」
「・・・・・・」

などということがあった。

時が流れて、いつの頃からか、生徒と間違えられることは無くなった。
中身はほとんど変化していないように思うが、外見は着実に貫禄が増したようだ。

嬉しいような、悲しいような・・・・。

 

体育科 H.M.

2009.12.15

ICUHS RETROSPECT 第8弾 <あえて直近の思い出を書きます>

若い先生方と担任団を組み3年目を迎えています。
私が勤め始めた時に生まれた先生もいたりして皆若くて元気で有能な先生方ばかり。成績IT化のトップランナー集団に入れてもらったわけですが、オジサン教員としては必死にしがみついていくだけ。何とか振り落とされずに今までやって来れました(笑)。

その一方HRには色々な事が起こります。「教育はコンピュータだけではできない」を地でいくような事も色々とありました。そんな時にはオジサン教員の出番もあり、ともかく皆でよく協力してやって来ました。

この担任団は枠に囚われずユニークな人達ばかりで面白い事も一杯やってきました。恐らく今までで一番楽しい担任団であったと思います。

 

キリスト教科 A.H.

2009.12.14

ICUHS RETROSPECT 第7弾 <担任をしたクラスの皆さんへ 元気ですか?>

★6期!一番生徒目線に近かったので毎日楽しかった。色々事件もあったけど、必死で過ごし強烈な印象の一年でした。

★10期!初めて一年生担任で箱根リトリートの皆の初々しさが印象的でした。温かい雰囲気のクラスでした。

★12期!初めて3年間担任しました。濃いメンツが揃ってて、言うこと聞かなかったけど、かわいい子達でした。

★17期!個性的な女子軍団と、仲良し男子。3年の最後は、ケイドロで負けた男子がいつも掃除をしてました。

★21期!日直日誌にびっちりの本音トークと、学校祭に皆で作ったビデオがとても素敵でした。

★25期!卒業式の日、花束くれた時ろくなメッセージ言えなくてゴメン。愛してる!

★29期!3年まで担任したかったな。

 

地歴公民科 H.K.

2009.12.10

12月10日は国際人権デー! それぞれの「自然」を可能にするための「反・自然」~その4

 国際人権デー、あるいは、世界人権デーと言われるこの日は、世界人権宣言が国際連合で採択された日(1948年12月10日)を記念する日です。

 日本でも、この日を最終日とする一週間(12月4日~10日)を人権週間としています。日本では、なぜか「人権」と言えば「思いやり」あるいは「やさしさ」が強調されてしまうのですが……。

 例年、試験期間にばっちり重なってしまうので、特に行事を行うことはないのですが、(特別イベントを開催したこともあります。このイベントはすでに伝説となっています。いやー、思い出しても体にふるえがきます。このバンド、LAUは現在では英国NO.1の伝統音楽バンドとして世界的に大活躍中です)、ICU高校生としてはおぼえておきたい日です。と言うか、知らなかった人には自らの不明を恥じてほしいと思いますよ。ええ。まったく。

 さて、前回(11月6日)からだいぶ間が空いてしまいました。
 
 自分と他の人たちの人権をまもるためには、まず何をするべきか。先述のように、日本の人権週間では、「思いやり」「やさしさ」が強調されるのですが、それは、この連載の考え方からすれば、人間の「自然」に期待しすぎる考え方です。むしろ、思いやりを持てない、やさしくなれないからこそ「反・自然」としての「人権」の出番があるのです。

 世界人権宣言前文には、「人間が専制と圧迫とに対する最後の手段として反逆に訴えることがないようにするためには、法の支配によって人権を保護することが肝要であるので」という一節があります。「法の支配」とは、前回も述べたように、権力者がしもじもの人間を従わせるための掟、という意味ではなく、権力が「専制」に陥り、人々を「圧迫」しないようにするために、法によって権力の側こそを縛るという意味です。

 ICU高校の生徒宣誓に「世界人権宣言の原則にたち法を尊び校則ならびに指示に従うことを入学にさいしここに厳粛に宣誓します」とあるのは、とにかく何であれ、校則守れ、何であれ、先生の指示には従え、ということではありません(それじゃ本末転倒)。
 じつは、生徒の厳粛な宣誓は、教職員にとって厳粛な意味があるのです。教職員が、世界人権宣言の原則にたち、法を尊んでいるか。校則や指示が世界人権宣言の原則にたっておかしなものになっていないか。つねにそのことが自分自身に問われているのでなければ、教職員という立場は、容易に、生徒たちに自分たちに都合のよい掟を守らせる権力者(あるいは権力者の犬)に堕してしまうでしょう。まだつづきますよ。

(写真は法務省HPの人権擁護局より)

 

NZ

2009.12.07

ICUHS RETROSPECT 第6弾

もう、何十年も前のことなのに・・・・
まるで、昨日のことのように思い出す。あの子の顔・・・・。
夢うつつのあのうるんだ眼差し・・・・。
わたしはあの日、あなた一人のためにだけ!授業をした。
3年生の受験用クラス。受講者は、あなた。そして、あなたの隣に二人(のみ)。
その二人はすでに、地上(授業)をはなれ夢の中。
おお!そのあなたのうるんだ眼差しまでも、夢うつつへと・・・・。
あなたを失ったら、わたしは一体だれのために、何のために、授業をすればいいのか。
行かないでくれ。ここにいてくれ。ホラ、最近よく言うじゃないか。
「ただ、いてくれさえすれば、いいんだ」そしてすこし贅沢だが、
「目覚めてさえいてくれれば」
わたしはあの日、あなた一人のためにだけ!授業をした。

なんてね。

 

地歴公民科 I.S.

2009.12.05

ICUHS RETROSPECT 第5弾

『そのときサムエルは一つの石をとってミヅパとエシャナの間にすえ、

「主は今に至るまでわれわれを助けられた」と言って、その名をエベネゼルと

名づけた。』 聖書

ICU高校の更なる発展を祈ります。

 

数学科 F.A.

2009.12.04

ICUHS RETROSPECT 第4弾

この学校に勤めて30年、私は30年分、年をとった。

でも生徒は若いまま。不公平だ!

当たり前か!

 

数学科 S.H.

2009.12.03

ICUHS RETROSPECT 第3弾

ICUに入ったのは全くの偶然。

ICU高校に入れたのは、大学院卒業と高校誕生が重なった幸運から。

素敵な同僚と良い生徒に囲まれて、幸せな30年でした。

 

数学科 S.H.

2009.12.02

ICUHS RETROSPECT 第2弾

この学校に勤め始めたのが27の時だから、

ICU高校の30年と生まれてからの30年で重なり合うのはわずか3年。

その3年が我人生の重心となっている。

 

数学科 M.M.

2009.12.01

ICUHS RETROSPECT 第1弾 <約束>

1978年4月開校。そのとき私は30才”ちょっと”。

そして今、30周年。私は60才”ちょっと”。

そして50周年のとき、私は80才”ちょっと”。

そのときまで生きて、そして元気に愛する本校を”ちょっと”

訪れることをお約束します。

 

数学科 F.N.

2009.11.30

明日からSCHOOL NOWで、新企画スタート!!

“ICUHS RETROSPECT”
30周年を迎えたICU高校の「過去」を振り返るアルバム・ブログ。
教員45人ひとりひとりが思いを込めて綴る。

懐かしいあの出来事、忘れられないあの授業、大切なあの瞬間・・・

卒業生のみなさん、在校生のみなさん、そして未来のICUHS生のみなさん、
一緒にページをめくりませんか?

 

K

2009.11.06

それぞれの「自然」を可能にするための「反・自然」~その3

10月23日のつづきです。

強大な権力に自分を守ってもらう、というよりはむしろ、強大な権力こそが、個人の自由を侵害する、と考えるのが現代の法の常識です。
個人の自由・権利を守るために、国家の権力を制限する、というのが「世界人権宣言」の基本的な精神です。多くの国々の憲法も、基本方針はそこにあります。もちろん、日本国憲法も。


権力を持った存在が、しもじもの人間に言うことをきかせるために法があるのではなく、それぞれの個人が自由であるために、権力に制限をかけるために法がある、というのが、民主主義の国々のタテマエです。
日本では、こうしたことがはっきりと全体に共有されているとは言えないわけですが……。


ICU高校では、入学式のプログラムの中に「生徒宣誓」というものがあります。
これは、学校への絶対的服従を誓わせるものではありません。
学校と生徒との間の、一種の契約、と言った方がいいかも知れません。
生徒たちは、自分の自由を他の者に危害を与えることがない範囲で追求することができる。
そのための環境を、学校はつくりあげる努力をする。
その結果、ある意味、不自然なまでの異空間がここに出現している、というわけです。

生徒宣誓はこんな内容です(以下引用)。
「私は国際基督教大学高等学校の生徒として
本校の目的と理想との実現のために
世界人権宣言の原則にたち
法を尊び
校則ならびに指示に従うことを
入学にさいし
ここに厳粛に宣誓します」
(引用終わり)


また2週間後にお会いしましょう。

 

NZ

2009.10.23

それぞれの「自然」を可能にするための「反・自然」~その2

10月9日のつづきです。
つづけてよまないと意味不明なので、前回エントリみてない人はまず読んでから、再び来てください。

……。

準備はいいですか。えーと、今回はまず歴史のお話から。

17世紀イングランドに、トマス・ホッブズという哲学者がいました。
ホッブズは、『リヴァイアサン』という本の中で、「自然状態」について述べています。自然状態、すなわち、国家も法もない、何らの規制も条件付けもない状態においては、人間は私利私欲に動かされる自己中心的な存在なので、お互いにぶつかりあい、しまいには「万人の万人に対する闘争」に陥り、人間は「孤独で、貧しく、卑劣で、残酷で、短い」人生を送るであろう、とホッブズは言います。

「自然」が、誰も何も手をかけないで、そのまま放っておくという意味であるとすれば、ホッブズのような人間観に立つ人には、そんなものは評価も賛美もできないものでしょう。ちなみに、このような人間観のタイプを「性悪説」と言います。性悪説とは、人間は生まれながらに悪の本性を持っているという考え方です。

ホッブズは、そうした「自然状態」を回避するために、強大な権力(特に暴力手段)を一手に集中した国家が必要であると考えました。そこでは、ひとびとは自分の生命・財産を守るために、強力な国家への絶対的な服従を約束しなければなりません。

自分の生命・財産を守るために、国家への絶対的服従を約束する? 現代のわれわれの感覚ではよくわからないかも知れません。しかし、ホッブズが生きていた17世紀には、これには強いリアリティがあったのです。その頃のヨーロッパは、何十年も続く宗教戦争の時代でした。宗教対立を背景に、国家の体制も揺れ動いていました。安定した強い国家が望まれる状況があったのです。

現代でも、安定した国家がない、あるいは国家の権力が弱すぎるために、ホッブズの「自然状態」に近いような状況に陥っている地域が世界には多数存在しています。

あうー、話がひろがって回収しきれなくなりました。続きはまた再来週でーす。ごきげんよう、さようなら。

 

NZ

2009.10.09

それぞれの「自然」を可能にするための「反・自然」~その1

9月3日のつづきです。

生徒も教員も、無理をせず、自然でありのままでいられる空間、という感じはこのブログからも感じていただいているでしょうか(笑)。

しかし、「自然」とは、どうにでも解釈できるマジック・ワードです。使いようによっては危険なことばでもあります。
髪の毛を染めるなんて自然じゃない、耳に穴開けるなんて自然じゃない、男だか女だかわからないかっこうするなんて自然じゃない……。いくらでも言えますよね。
学校のモットーが「自然を旨とすべし」だけしかなかったとしたら、どちらかと言えば、「自然」は多数派の支配につながりやすいでしょう。
「空気」や「雰囲気」が絶対の空間は日本中どこにでもあります。
一方、ICU高校には空気よめない、あるいは、そもそも空気よまない・よむ気がない人がたくさん生息しています。これって自然なことなんでしょうか、それとも不自然なことなんでしょうか?

ICU高校では、学校に集うそれぞれの「自然」を大切にするための「反・自然」と言うべき精神が、はっきりと共有されています。
さて、それは、何でしょう?!

答えは次回、なんて書くと、まーた引っ張りすぎの割りにどうでもいい答えなんだろう、と言われそうなので、書きますよ。

それは、何を隠そう、キリスト教と世界人権宣言です。


……。

あまりにも直球すぎてかえって肩すかしみたいになってしまいました。
解説は次回(10月23日)に。(この項つづく)

 

NZ

2009.09.03

入学式と30年前

恒例の始業式と九月生の入学式があり、17名の新入生を迎えました。ICU高校には賑やかな秋が巡ってきました。

さて、ICU高校ってどんな学校だろう。入学式にかこつけてそんなことを考えてみます。

ICU高校が大切にしている価値観は、生徒のそのままを大切にしたい、対話を通してみんなで学校をつくりたいということです。この価値観は、1977年に学校ができる前年の中野サンプラザでの打ち合わせの時から持ち続けて30年にもなります。
 
「…生徒部のルールってね、セーターのワンポイントどのくらいの大きさにするとかさ、色んな細かいことをさ、制服が決まっちゃったから、着るものとかアクセサリーとかどうしようかって、ものすごく揉めたのよ。」
「開校前にずっと話し合ってるわけ?」
「そしたら、“そんなのね、いちいち決める必要ない!”って…。」
「なんて言ったか覚えてない。」
「“原則としてね、一つあればいい!”って。みんながシーンと聞いたら、“自然を旨とする!”って。」
「“自然を旨とする”…ってどっかで言ってたよね?」
「じゃあどういうことなんだ、って聞いたら、“その場で自然だと思っていればいいじゃないか”と。“自然だと思わない人はその子と対話すればいい”と。」
(“30周年記念教員インタビュー”より一部抜粋)

 必ずしも現在所属している生徒や教員が30年前のこの場を共有したわけではありません。ですが、この感覚は共有しながら学校生活を送っています。

 

M

2009.09.03

ICUHSってなんだろう?

小金井の森の中にある学校。半分以上、帰国子女の学校。国際基督教大学の隣にある学校。卒業生があの時が一番楽しかったといってくれる学校…。

いろんな話は聞くけれども、実際に学校の中では何が行われているのかはわかんない。

そこで 授業の様子や学校イベントなどなど、日常の
ICUHSの”School Now” を知ってもらいたくてこのブログをつくりました。

読んでくれる方が、ICUHSを体験できるような臨場感を持った、スリリングでワクワクする”ICUHSの今”を発信できたらと思っています。

それではよろしくお願いします。