Graduates' Voice

卒業生からのメッセージ

Message 05
小林 陽子

小林 陽子

6期
国際基督教大学教養学部
University of Toronto
世界銀行 広報官

父の仕事の関係で、小3から中2までの6年間をアメリカのアイオワ州ですごしました。帰国生として入学したICU高校時代を思い返してみると、まず印象に残っているのは英語の授業です。シェイクスピアを読んだり、リサーチペーパーを書いたり、アメリカの高校でも受けるような内容でした。せっかく苦労して英語を取得したのだからこれを伸ばせないものか、という親と私の思いを汲み取って、日本の学校に行きながらも高度な英語教育を受けることができたのは、今の私につながっていると思います。

当時から帰国子女を数人受け入れる学校はありましたが、ICU高校が違ったのは多くの生徒が帰国生だったことです。日本社会においてちょっと異質な私たちが多数を占める学校だったからこそ、自分の居場所を見つけられたと思います。アメリカでは白人ばかりのアイオワ州の小さな町で暮らしていたので、自分が金髪で青い目でないことをうらめしく思うこともありました。でも逆に豊な文化を継承している日本人であることの誇りを感じることもあり、自分のアイデンティティについてはかなり悩みました。帰国して成田空港に着いたとき、周りが自分と同じような黒髪で、「ああ日本人だという看板を背負わなくていいんだ」と肩の力が抜けたことを覚えています。でも、いざ日本の中学に行ってみると、馴染めません。それがICU高校に入学したら同じような体験をした人がいっぱいで、「変な日本人でもいいじゃないか」という自信がわきました。

そこで出会ったクラスメイト、また私は寮生だったので一緒に生活した友人との友情は、今でも続いています。その中にはICUの大学で一緒だった友達もいます。もう日本を離れて何十年になりますが、一時帰国するとよくみんなで集まります。

高校時代にこのような環境に恵まれていたからこそ、迷いつつも自分らしい生き方を選択できたのだと思います。大学卒業後、東京で英文記者としてロイター通信社に入社し、ニュージーランドとフィリピンでの駐在後、結婚、退職。フィリピン人の主人についてヨーロッパのウィーンでドイツ語と苦戦しつつ専業主婦として2年間暮らした後、カナダの大学院に入学し、卒業後NGOで広報を担当。そして7年前、主人と赤ん坊の息子を連れて世界銀行へ転職。私だけではなく、ユニークな生き方をしている卒業生は、いっぱいいます。みなさんにもICU高校のような場所で、自分らしく生きる勇気を見つけてもらいたいと思っています。

(2017年)

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